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烏有洞+

なんでもない日々となんでもないこと。

山口#14 春帆楼にも行きました

20200218yho (331)
春帆楼にある日清講和記念館

こんにちは。この週末は大阪に居ます。COVID-19の影響もあり移動に制限がかかっています。東京は東京で大変で単身赴任している身には気になりつつもどうしようもないですしね。昨日は本当は部署から送り出す部下の壮行会の予定でしたけどそれも延期。週末のGolfも延期です。現状を鑑みればその措置で正しい判断をしたと思っていますが、、、。

あと少し、山口ネタをやりますね。赤間神宮の横には日本史を勉強した人なら必ず知っている「春帆楼」があります。1895年(明治28年)日清戦争の講和会議が持たれた場所として覚えましたね。名前だけ覚えても、そこが旅館・料亭であるということは意外と知らないんじゃないでしょうかね。まぁ勉強をする中高生が料亭って聞いても何よ?ってなるとは思いますが。

日本側(当時は大日本帝国)の全権は伊藤博文(首相)と陸奥宗光(外相)、中国側(当時は大清帝国)の全権は李鴻章(北洋大臣直隷総督、いわば外交担当)と李経方(欽差大臣、所謂臨時大臣)。上の写真はその会議の席の様子。あぁ、歴史の教科書で見たよな、これと同じ様子。赤間神宮側から抜ける道には伊藤と陸奥の胸像がありました。

20200218yho (335)
春帆楼は日清の講和会議より前、1888年(明治21年)に伊藤博文はこの春帆楼でふぐ(当地では「ふく」)を食したことを機に、ふぐ料理公許第一号となったとかで、現在につながるふぐ料理の発祥の地、ということになります。ということで「ふくの碑」が敷地内に建っていますよ。


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Category : 中国
Posted by TORU on  | 4 comments  0 trackback

4 Comments

kaz says...""
山口は一番西の端っこの県ですが、歴史のロマンを感じますね。
長州、尊皇攘夷、三条実美、七卿落ち、維新・・・・。
日清戦争の講和会議は下関で行われたのですね、知りませんでした。
山口は仕事で一度だけ、湯田温泉に泊まりました。
2020.03.29 06:45 | URL | #- [edit]
el_desvios says...""
ここの記念館の展示は当時の様子がよく再現されていて、なかなかいいですよね。
当時は坂の下の国道の所が海岸だったので、見晴らしはもっと良かったと思います。
2020.03.29 10:57 | URL | #- [edit]
TORU says..."kaz 様"
kaz 様
そうですね。本州の一番端っこではありますが、歴史の中でいろんな役割を担っていますね。
湯田温泉が中原中也の出身地ですね。いいところですよね。

> 山口は一番西の端っこの県ですが、歴史のロマンを感じますね。
> 長州、尊皇攘夷、三条実美、七卿落ち、維新・・・・。
> 日清戦争の講和会議は下関で行われたのですね、知りませんでした。
> 山口は仕事で一度だけ、湯田温泉に泊まりました。
2020.03.29 23:21 | URL | #- [edit]
TORU says..."el_desvios 様"
el_desvios 様
しかも無料の資料施設。すごいですよね。見晴らしは本当にきれいでしょうねー。

> ここの記念館の展示は当時の様子がよく再現されていて、なかなかいいですよね。
> 当時は坂の下の国道の所が海岸だったので、見晴らしはもっと良かったと思います。
2020.03.29 23:27 | URL | #- [edit]

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