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烏有洞+

なんでもない日々となんでもないこと。

兵庫#12 西村佐兵衛翁像@城崎温泉

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おはようございます。昨日は一日中家で読書やら映画を見たりで過ごしました。なかなかこういう日は少ないのですが珍しく家に居りました。

さて城崎温泉entryを続けていますが、城崎温泉ロープウェイ駐車場の先に立つ銅像についてです。昨日の島崎藤村entry(兵庫#10)で書いた北但馬地震について触れましたが、Mj6.8の大きな地震でした。城崎温泉はこの時地震によって発生した火災で温泉街のほとんどが焼失。当時の人口3,410人中、272人が亡くなっていらっしゃいます。とんでもない震災であったことがうかがえます。

この時の町長が西村佐兵衛氏(1881-1961)で、自宅も全焼したことも顧みず、オーバーにたすき掛け、袖まくり、地下足袋姿という珍奇な姿にメガホンをもって町中を駆け回って住民を励まし続けたという話が残されており、その姿をこの銅像はとっています。

地震が発生するとすぐに城崎小学校に行き、職員・児童を励まし、6つあった外湯を確かめています。温泉がこの地の重要な観光資源であることを分かった人だからこその動きであったのでしょう。この銅像の下にも記されていますが、教育熱心な方だったようですね。教育現場の復旧を最優先し、震災から5日後の28日には城崎小学校では大テントを張り、早くも授業が再開されています。

復興とともに震災以前から床上浸水などの被害のあった大谿川の洪水対策を行い、地盤を1~2.5mかさ上げし川の幅と深さを2倍にしています。今でも玄武岩で積んだ護岸や太鼓橋、柳並木の美しい町並みがこの城崎温泉の風景となっています。

この西村佐兵衛氏は今も続く西村屋の4代目(現在は7代目)でもあり、観光ということが何なのか、街づくりをよく考えた方だったのでしょうね。この北但馬地震の時、43歳。若い。町長を退いた後も、山陰海岸国立公園の設立に向けて尽力されたそうです。


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ちょうど温泉寺・山門の下ぐらい所にこの像は立っています。写真は温泉寺の薬師堂。
文化年間(1804~1817)に再建。総欅造り。

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Category : 近畿
Posted by TORU on  | 4 comments  0 trackback

4 Comments

el_desvios says...""
総欅作りですか。昔は大きな欅がいっぱいあったのでしょうね。
見てみたいな。
2020.10.11 10:12 | URL | #- [edit]
TORU says..."el_desvios 様"
el_desvios 様
そうですよねー、今じゃ考えにくいですよね。
2020.10.11 21:29 | URL | #- [edit]
padme says...""
引き続き、と言うかTORUさんのブログ見てると
本当にいつも何も知らないなーって ^^;
金木犀は知っていても(でもこちらにもあるのかな?)銀木犀ってのも知らず・・・

最近の子って物すごくスタイルが良いじゃないですか?
多分TORUさんのお子さんはウチの子なんかよりずーっと ( *´艸`)
昭和のタレントさん見てると随分 今と違うなーって思うけど
この像なんて (笑)
ま・・・ 私もこんなものかもですよね ^^;
(滅多に写真撮らないしわからないわw)
2020.10.12 10:53 | URL | #- [edit]
TORU says..."padme 様"
padme 様
たしかに最近の子ってほんとびっくりするぐらいスタイリッシュな子が目立ちますよね。
でもそうじゃない子たちだったたくさんいるんですよ。
うちの子たちってどうなんだろう。。。まだわかりません。
2020.10.12 21:32 | URL | #- [edit]

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