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Posted by TORU on  | 

China#6 洞庭湖、漢詩で読みましたよね。

20140708 (48)-001

杜甫「登岳陽楼」
昔聞洞庭水  今上岳陽楼
呉楚東南裂  乾坤日夜浮
親朋無一字  老病有孤舟
戎馬関山北  憑軒涕泗流

昔聞く洞庭の水 今上る岳陽楼
呉楚東南に裂け 乾坤日夜浮かぶ
親朋一字だになく 老病孤舟あるのみ
戎馬関山の北 軒に憑れば涕泗流る

6月7月と本当に出張の嵐で家を空けていた上に、帰ってきても忙しくてなかなか時間をとることができない状況です。6月の中国出張でのネタを書いてからしばらく経っているにもかかわらず、もう少し中国ネタを書かせてください。その後、欧州ネタがやってきます。 

先日、岳陽の近くに出張できたのですが、岳楊という名前が出たにもかかわらず、そこがかの洞庭湖のほとりであることに気がつきませんでした。実際に目の前に広がる湖を見たときに、「大きな川ですか?湖ですか?」なんて質問をして、洞庭湖であることを教えてもらい、へええ、あの有名な湖はこれなんですか!って、間の抜けたことを言ってしまいました。日本でも有名な漢詩を学ぶのですよ、というような話をしました。まさに昔聞洞庭水です。残念ながら、時間が無く今回は岳陽楼はほとりから眺めるだけでした。登るのは次の機会に。

杜甫のこの詩を読んだのは高校生の頃です。教科書に載っていたものを読んだのでしょう。そう、他の詩でも出てくる「洞庭湖」なので、行ったこともない中国なのに詩から想像する湖は漫漫としていました。そして私の見た湖も十分大きな湖でしたが、話によると随分と小さくなっているそうなのです。当時はもっともっと大きな湖だったんでしょうね。

杜甫がこの歌を詠んだのは57歳、768年のことで、杜甫は成都を去り湖北湖南地方をさすらっていた頃です。安史の乱は763年に終わっていたのですがまだ小競り合いが続いていた時期だそうです。漂う悲哀も、時代の空気までも伝えてくれそうな詩です。唐はその後衰えながらも約百年を永らえました。

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Category : Asiaアジア
Posted by TORU on  | 2 comments  0 trackback

-2 Comments

花ちゃわん says...""
こんばんは♪

ちょっと調べただけでも、膨大な歴史と
人生があって、歴史音痴のワタシは
知ったかぶりしたかったけど、できないわ~(笑)

ワタシャ杜甫じゃなくて、勉強不足のトホホです。

TORUさんの、真面目な記事、好きです♪
 
2014.08.03 21:33 | URL | #LkZag.iM [edit]
TORU says..."花ちゃわん san"
花ちゃわんsan,こんばんは。この湖は本当に歴史が沢山ありますねえ。漢詩、読んだことは覚えていても、そらんじることは、、、できませんねえ(笑)。
> こんばんは♪
>
> ちょっと調べただけでも、膨大な歴史と
> 人生があって、歴史音痴のワタシは
> 知ったかぶりしたかったけど、できないわ~(笑)
>
> ワタシャ杜甫じゃなくて、勉強不足のトホホです。
>
> TORUさんの、真面目な記事、好きです♪
>  
2014.08.06 03:08 | URL | #- [edit]

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